UI/UXリサーチ / 戦略設計
トヨタの「現地現物」とは? 本質の見極めを重視する理念が生み出す優れたUX
近年、ユーザー調査やUX改善の重要性が広く認識されるようになり、多くの経営者や事業者が「UX(ユーザーエクスペリエンス)」に注目しています。
本記事では、世界的な自動車メーカーであるトヨタ自動車が大切にする「現地現物」の理念を通じて、現場調査やユーザー視点の重要性を掘り下げます。
さらに、トヨタの具体的な取り組みを例に、「現地現物」の考え方がいかにしてユーザー体験(UX)の向上に寄与するのかを詳しく解説します。
目次
1. トヨタの「現地現物」とは
トヨタ自動車の「現地現物(Genchi Genbutsu)」は、トヨタ生産方式の重要な理念の一つです。問題の本質を現場で体感することを重視するアプローチで、現場での「直接観察」「データ収集」「関係者へのヒアリング」などを通じて問題の本質を明らかにします。
また、製造現場における効率化や品質向上だけでなく、ユーザーニーズに応えるためのUXデザインのプロセスにも活用され、トヨタの製品やサービスの競争力を支える重要な柱となっています。
「現地現物」の誕生と歴史
「現地現物」は、「問題解決のためには現場を無視してはならない」という、トヨタの創業者 豊田喜一郎氏の思いから生まれた理念です。
第二次世界大戦後の日本経済の復興期において、主に生産効率の向上を目的に取り入れられた原則ですが、今では製造業の現場に限らず、顧客接点やサービス開発など幅広い分野で応用されています。
また、「現地現物」は単に現場に足を運ぶという意味ではなく、「ものごとの本質を見極め、素早く合意、決断し、全力で実行する」(*1)という企業文化として現在に至るまでトヨタの生産方式に深く根付いています。
2009年に社長に就任した豊田章男氏は、社内メッセージにて「現地現物」について以下のように発信しています。
「現地現物とは、現地に行って、現地を視察することではありません。目の前で起こっていることを、『自分事』として捉え、さらに良くしようと、努力するためにある言葉なのです。そして、着実に『カイゼン』を続けることによって、自分も楽になり、楽しくなり、周りの人も幸せになっていくのです」(*2)
*1)出典:「トヨタウェイ―進化する最強の経営術」梶原一明著 ビジネス社
*2)出典:トヨタイムズ「コロナとの闘い 中日新聞×豊田章男【前編】」
2. トヨタの「現地現物」と「人間中心設計(HCD)」
「現地現物」は、現場で直接観察し本質を理解することによる製造現場の効率化や品質向上、さらには製品・サービスのUX向上を支える包括的な理念です。
一方、「人間中心設計(HCD)」は設計プロセスに特化した方法論で、ユーザーの行動や課題を観察し、得られた洞察を基にUX改善を目指します。
目的や適用範囲は異なりますが、どちらも 「現場観察と本質理解」を重視 する点で共通しています。
トヨタでは、「現地現物」の理念が「HCD」の実践を促進し、逆に「HCD」の実践によって「現地現物」の理念が体現されています。この理念と方法論によって、トヨタは「ユーザーの本質的なニーズを捉えた体験価値の提供」を実現しています。
人間中心設計(HCD)のプロセス
「人間中心設計(HCD)」の設計プロセスでは、以下のサイクルを繰り返すことで、ユーザーにとって価値の高い設計・デザインを実現します。
Step1. 課題の理解
利用現場での行動観察調査やユーザーへのインタビュー調査などにより情報を収集、把握します。
Step2. 分析とアイデア出し
調査から得られたデータを基にニーズや課題を分析し、解決策となるアイデアを創出します。
Step3. プロトタイプの作成
アイデアを具体化し、利用者が体験できるプロトタイプ(試作品やモデル)を作成します。
Step4. 評価と改善
プロトタイプをユーザーに試してもらい、フィードバックを得て改良を重ねます。
【関連リンク】
「人間中心設計(HCD)」や、行動観察調査、ユーザーインタビュー調査などのユーザー調査についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの解説記事もご確認ください。
3. 「現地現物」や「人間中心設計(HCD)」によるトヨタのUX改善事例
続いて、トヨタの「現地現物」や「人間中心設計(HCD)」の実践が実際に製品やサービスの開発・改善にどう繋がっているのか、以下に事例をご紹介します。
(1) プリウスの開発
ハイブリッドカーの先駆けとして、今も世界で高い評価を受けているプリウスの開発過程では、エンジニアたちが実際にユーザーの使用シーンを観察し、ニーズを掘り下げました。
例えば、プリウスのインパネデザインや操作性の改善は、ユーザーが車内でどのように過ごすか、どのように情報を得るかという観点から考えられています。また、システムの使いやすさや燃費の改善も、ユーザーの期待に応える形で実現されました。
(2) モビリティサービス・MaaS戦略
近年、トヨタはモビリティサービスやMaaS(IoTやAIなどの活用により交通手段をシームレスに統合するサービス)にも力を入れています。
自動運転車やカーシェアリング、ライドシェアサービスなど、新しい形態の移動手段が登場する中で、トヨタはユーザーの移動体験そのものをどのように向上させるかを追求。ユーザーからのフィードバックを集めてサービスに活かすなど、「現地現物」の理念はここでも重要な役割を果たしています。
(3) 安全技術の進化
トヨタは、ユーザーの安全を最優先に考え、先進的な安全技術の開発に注力しています。例えば、トヨタの「Toyota Safety Sense」は、運転者や歩行者の安全を守るために様々なセンサー技術を駆使しています。
この技術の開発にも「現地現物」の理念が活かされており、実際に交通事故が発生する現場でのデータやドライバーの運転実態を基に、技術が進化しています。
4. さまざまな企業が実践するUX改善の取り組み事例
ユーザーの意見の収集・共有によるUX改善という点では、トヨタに限らずさまざまな企業で実践され成功を収めています。
ここでは、東京ディズニーリゾートやスターバックス、ニトリといった企業の事例を通じて、現場のユーザーの意見がどのようにUXの向上に繋がっているかをご紹介します。
東京ディズニーリゾート
東京ディズニーリゾートでは、ゲストからの意見や要望をキャストが直接受け取り、イントラネットやミーティングを通じて社内で共有しています。これにより、迅速な改善対応を行い、高い顧客満足度とリピート率を維持しています。
改善事例
障がいのあるゲストへの対応改善
車イスを利用するゲストからの「利用基準を満たしていても、アトラクションを利用できない」との声を受け、キャスト同士の連携体制を構築。一部のアトラクションでは、キャストのサポートが可能な場合に限り利用ができるようにし、機会の拡大を図りました。
スターバックス
スターバックスは、「My Starbucks Idea」というサイトを運営し、顧客の意見を直接収集しました。このサイトでは、顧客が新製品やサービス改善のアイデアを投稿したり、他のユーザーがそれに投票やコメントを行ったりする機能を実装。これにより顧客のニーズを特定、実際の製品開発に反映すると共に、顧客とのエンゲージメントを構築しました。
改善事例
ケーキポップ
顧客からの要望に応じて、小腹を満たす手軽なスイーツとしてケーキポップという小さなケーキ商品が発売されました。
無料Wi-Fiの提供
店舗でのインターネット接続を求める声に応え、無料Wi-Fiサービスが全店舗で提供されるようになりました。
出典:My Starbucks Idea: Crowdsourcing for Customer Satisfaction and Innovation
ニトリ
ニトリは、2022年4月に「こうならいいのに!をかなえる暮らしのアイデア商品」という企画を開始しました。このプロジェクトでは、実際に顧客から寄せられた意見をもとに、日常生活の中で「こうなればもっと便利なのに」と感じる課題を解決する商品を開発しています。
改善事例
収納家具
「もう少し奥行きがあればいいのに」という声を反映し、限られたスペースでも収納力を最大化できる商品を開発。
キッチン用品
「調理中に片手で使える便利なアイテムが欲しい」という要望に応え、片手で開閉できる保存容器を商品化。
このように、ニトリは顧客の「不平・不満・不便」の声を聞き、具体的な生活課題を解決する商品を提供することで、顧客満足度の向上に繋げています。
出典:【ニトリ】お客様の「こうならいいのに!」をかなえる暮らしの アイデア商品を続々展開
これらの事例に共通するのは、ユーザーの生の声の収集を重視し、それを基に具体的な改善策を迅速に実行するプロセスです。この姿勢が、UXの向上や顧客満足度の維持・向上に繋がっています。
5. 企業が「現地現物」を導入するためのポイント
「現地現物」の理念や文化は、あらゆる業界・分野において、現場の課題解決やUX改善を支える基盤となりえます。
組織として計画的に浸透させるために押さえておくべきポイントを以下にご紹介します。
Point1. トップマネジメントの理解と支持
経営層やリーダー陣が「現地現物」の価値を理解し、積極的に支持することが必要です。トップが理念の本質を丁寧に組織に伝えていくことで、導入に向けた活動がスムーズに進みます。
Point2. 社員への教育と訓練
現場を担当する社員に「現地現物」の基本理念や実践方法を教育します。具体的な事例やワークショップを通じて、現場で実践できるスキルを習得させることが重要です。
Point3. 手順とルールの設定
現場での観察やデータ収集を効果的に行うためには、具体的な手順やルールを明確に設定することが重要です。例えば、定期的な現場観察のタイミングや、報告書のフォーマットなどを決めることで、活動が体系化されます。
Point4. 現場での実践と支援
社員が「現地現物」を実践する際には、組織として支援体制を整えます。例えば、必要に応じてリソースを追加するなど、現場の取り組みをサポートしましょう。
Point5. スムーズなコミュニケーションの促進
「現地現物」の導入には、社員同士が円滑に情報を共有できるコミュニケーション環境が不可欠です。チーム間で課題や進捗状況を迅速に共有することで、早期課題発見と迅速な対応が可能になります。
6. 今日から実践できるUX改善
「UX」は海外から取り入れられた概念ですが、日本企業にはもともと顧客第一主義や現場主義が根付いており、UX改善との親和性は高いと言えます。また、トヨタが実践する「現地現物」や「人間中心設計(HCD)」は、製造業を超えた幅広い業界でのUX改善に貢献します。
ユーザーの本質的なニーズを直接把握し、そのフィードバックを製品やサービスに反映するプロセスは、UXの向上に極めて効果的です。この理念やアプローチを、ぜひ貴社のUX改善に取り入れてみてください。
まずは自分のチーム内で気軽に実践したいという方は、今日からできるアクションとして次のようなステップを検討してみてはいかがでしょうか。
アクションステップ
1. 現地でのユーザー観察を開始
現場に足を運び、ユーザーがどのように製品やサービスを利用しているのかを観察してください。直接観察することで、机上の議論では見えない課題や改善ポイントを発見できます。
2. ユーザー調査を定期的に実施
インタビューやアンケートを通じてユーザーの声を収集し、ニーズや期待を明確化します。特に製品やサービスの利用における「不満点」や「期待値」を深掘りしましょう。
3. 試験的な導入による迅速なテスト
新しい施策を一部の顧客に試験的に導入したり、プロトタイプを開発したりして、フィードバックを収集します。このプロセスを繰り返すことで、ユーザーにより良い体験を提供するための改善点を明確化できます。
4. 部門横断型のUXチームを編成
UX改善には多角的な視点が必要です。製造、営業、マーケティングなどの異なる部門を巻き込んだチームを組成し、ユーザー体験の向上に取り組みましょう。
5. 「現地現物」を企業文化に取り入れる
現場での観察や直接的な情報収集を定期的に行うことを企業文化として根付かせることで、よりユーザーに寄り添った製品・サービスづくりが可能となります。
このような取り組みはユーザーとの距離を縮め、価値ある体験を提供するための土台となります。トヨタの事例を参考に、現場での実践から一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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