UI/UXリサーチ / 戦略設計
クリティカルインシデント法を活用したUX改善とは?ユーザーの体験エピソードを基に課題を見極める実践ステップ
顧客体験やユーザー体験(UX)の改善は、多くの企業にとって競争力強化の鍵となっています。しかし、UX改善のために調査や分析を行っても、コストが過大になったり、調査が不十分だったりすることで、期待する成果が得られない場合もあります。
こうした課題を克服する手法の一つとして注目されているのが、
目次
1. クリティカルインシデント法とは?
クリティカルインシデント法(Critical Incident Technique:CIT)は、1940年代にアメリカの心理学者ジョン・C・フラナガンによって提唱され、1954年に正式に発表されました。その特徴は 「重要な出来事(クリティカルインシデント)」に焦点を当てる点にあります。
この手法は、もともとアメリカ空軍でパイロットの訓練や行動の分析・評価を目的に開発されました。訓練中に起こる人的ミスや成功体験を体系的に解析することで、航空士の成功や失敗を引き起こす行動や条件を明確にすることを主な目的としていました。
クリティカルインシデント法は、その後さまざまな分野で応用されました。現在では特に労働環境の改善やサービスの向上において、品質管理や人材育成の手法としても広く活用されています。具体的には、従業員の行動を詳細に観察し、優れた対応や不適切な事例を記録し、それを基に課題や改善策を明確化するプロセスで利用されています。
UX改善におけるクリティカルインシデント法
長い期間をかけて進化し多様な分野で実績のあるクリティカルインシデント法は、近年ではユーザー体験(UX)の改善においても活用されています。
UXの文脈では、ユーザーが製品やサービスを使用する中で特に記憶に残るポジティブまたはネガティブな体験を収集し、それらの背後にある要因を明らかにするために使用されます。
主な特徴
-
顧客の声(定性データ)を重視
ユーザーの生の声を基に、統計データでは見えにくい定性データ(インタビューや観察などから得られる言語的・記述的なデータ)を活用して具体的な行動や感情を詳細に分析します。 -
際立った出来事に限定
日常的な利用体験ではなく、特に印象的で重要な出来事に焦点を絞ることで、効率的かつ効果的な分析が可能です。 -
改善に直結
具体的な問題点や成功要因を抽出するため、UX改善に向けたアクションプランを立案しやすくします。
クリティカルインシデント法は、ユーザーや顧客の視点を重視し、その感動と不満に焦点を当てることで、優先度の高いニーズや課題を効率的に発見できます。これにより、UX改善の具体的な施策の実行に直結させることが可能です。
2. クリティカルインシデント法がUX改善において有効な理由
① ユーザー視点の深掘り
ユーザーが「何に感動し」「何に不満を感じたのか」を具体的に掘り下げることで、一般的なアンケートや行動分析では見逃しがちな感情の起伏(顕著な満足感の浮き沈み)を明らかにできます。
② 改善の優先順位を明確化
ポジティブな出来事は競争力の強化に貢献し、ネガティブな出来事は改善すべき課題を明らかにします。特にクリティカル(重要)な体験に絞ることで、優先度の高い内容にリソースを集中させやすくなります。
③ 定量的分析の補完
クリティカルインシデント法は主に定性的データを扱います。これを定量的調査(アクセス解析やアンケートなどの数値データ)と組み合わせることで、データの客観性と説得力が向上します。
3. クリティカルインシデント法の実施ステップ
Step 1: 調査目的の設定
まずは、何を明らかにしたいのか、目的を明確にします。
例えば以下のような目的が考えられます。
- カスタマーサポートの品質向上
- 新機能のユーザビリティ評価
- 競合サービスとの差別化ポイントの発見
Step 2: ユーザー調査の実施
ユーザー調査を複数人に実施し、ユーザーから具体的な体験を収集します。そして、その中から重要なインシデントを特定します。調査方法については次章で詳しく解説します。
Step 3: データの整理と分類
ユーザー調査で収集したエピソードを以下の基準で整理・分類します。
1.感情の方向性による分類
- ポジティブな体験(感動、満足、驚き)
- ネガティブな体験(不満、困惑、落胆)
2.テーマによる分類
- 機能面(操作性、反応速度など)
- 情報面(わかりやすさ、必要な情報の有無)
- 感情面(安心感、信頼性など)
Step 4: 洞察の抽出
各インシデントから分類したデータを基に、ユーザー体験に影響を与える洞察を抽出します。
- 共通する成功・失敗のパターン
- ユーザーの期待と現実のギャップ
- 潜在的なニーズや課題
Step 5: アクションプランの策定と実行
抽出した洞察を基に、具体的な改善案を立案し、実行します。
改善プロセスの例
1.短期的(3か月以内)と中長期的(6か月以上)な改善項目を特定する
2.実現可能性、期待される効果、リソース要件を考慮し、優先順位を決定する
3.定量指標(NPS、CSAT、コンバージョン率など)および定性指標(ユーザーフィードバック、サポート問い合わせ内容の変化など)の目標を設定する
4.月次でKPIを確認し、必要に応じて施策の軌道修正を行う
5.得られた結果を基に次の改善策を検討し、フィードバックを組織全体に共有する
4. クリティカルインシデント法が有用なユーザー調査手法
次に、この手法を実施する際に役立つ具体的なユーザー調査手法について紹介します。
ユーザーインタビュー調査
ユーザーインタビュー調査は、対象ユーザーから直接生の声を聞く調査手法です。クリティカルインシデント法を用いる場合は、以下のポイントに焦点を絞った質問を行い、特に重要な出来事を聞き出します。その後、詳細を掘り下げていきます。
- 「最近、このサービスを利用して特に印象に残った出来事を教えてください」
- 「その出来事が発生した時、どのように感じましたか?」
- 「なぜそのように感じたと思いますか?」
ユーザビリティテスト
Webサイトやアプリなどの改善を目的とする場合、ユーザーが実際に閲覧・操作しているシーンを観察するユーザビリティテストも有効です。まず、テストの前にユーザーに特定の実行タスクを伝え、そのタスクの実行中に起きた以下のようなインシデントを記録します。その後、ユーザーに対して詳細なインタビューを行い、具体的なインシデントを掘り下げます。
- ユーザーがフラストレーションを示した場面(ためらいや困惑)
- 思わぬ方法でタスクを成功させた場面(独創的な操作)
- 予期せぬエラーが発生した場面(システムの問題)
エスノグラフィー調査(現地行動観察調査)
エスノグラフィー調査は、ユーザーが日常生活や自然な環境でどのように製品やサービスを利用しているかを観察する調査手法です。通常は広範なデータを収集しますが、クリティカルインシデント法を用いる場合は、以下のようなポイントに絞り、特に重要だと思われる出来事を記録します。
- ユーザーが感情的な反応を示した瞬間
- ユーザーが予想外の行動を取った場面
- 明確に成功または失敗と感じられる出来事
【関連記事】3つの定性調査手法を解説
ご紹介した各定性調査についてさらに詳細を知りたい方は、以下の記事もご確認ください。基礎知識から具体的な実施方法まで詳しく解説しています。
5. クリティカルインシデント法を用いたUX改善の活用事例
前章でご紹介したような手法を用いて具体的にどのようにUX改善に結びつけるのか、改善プロセスの事例を元に解説します。
事例1:飲食店のサービス改善
飲食店における顧客満足度を向上させるため、顧客体験の分析を実施した場合の活用例をご紹介します。
ユーザー調査の実施
最初の手順として、顧客に以下の質問を行い、エピソードを収集します。
- 「飲食店で最も印象に残った良い体験を教えてください」
- 「反対に、嫌な思いをした体験について教えてください」
得られたインシデント
ポジティブな体験
- 「誕生日に店員がサプライズケーキを用意してくれた」
- 「注文した料理が間違っていたが、迅速に正しい料理を提供し、さらにデザートをサービスしてくれた」
ネガティブな体験
- 「忙しい時間帯で店員が全く気づいてくれず、水の追加を頼めなかった」
- 「子供向けメニューの要望を断られ、代替案が提示されなかった」
結果の考察
- ポジティブなエピソードに共通するのは「迅速な対応」や「パーソナライズされたサービス」
- ネガティブなエピソードに共通するのは「顧客のリクエストに対する無視や不十分な対応」
改善策
- 店員教育に「顧客からのリクエストへの迅速な対応」を重点項目として追加
- 繁忙期や忙しい時間帯でもサービス品質を維持するため、スタッフ配置を効率化
実例2:ECサイト(オンラインショップ)のカスタマーサポート改善
続いて、ECサイト(オンラインショップ)のカスタマーサポートに関するクレームが増加し、具体的な改善点を特定したいケースでの活用例をご紹介します。
ユーザー調査の実施
まずは、カスタマーサポートの利用者に以下の質問をし、具体的なエピソードを把握します。
- 「カスタマーサポートで特に満足した体験を教えてください」
- 「逆に、不満に思った体験を教えてください」
得られたインシデント
ポジティブな体験
- 「商品の不具合を報告したところ、すぐに無料で交換品を発送してくれた」
- 「担当者が対応中も丁寧で、最後に『他にお手伝いできることはありますか?』と聞いてくれた」
ネガティブな体験
- 「サポートに連絡したが、自動応答でたらい回しにされ、最終的に解決しなかった」
- 「担当者の対応が冷たく、謝罪の言葉が一切なかった」
結果の考察
- 顧客満足には「迅速かつ親切な対応」や「問題解決への誠意」が重要
- 不満の原因は「対応の遅さ」や「無機質な態度」
改善策
- 対応マニュアルの刷新と共に、謝罪や+αの丁寧な声がけも含め、顧客対応スキルの向上を図る
- 問い合わせ対応のプロセスを改善し、迅速な問題解決を目指す
これらの事例が示すように、クリティカルインシデント法は具体的な改善策を迅速に導き出す力を持っています。
6. クリティカルインシデント法を実施する際の注意点
クリティカルインシデント法を効果的に活用するためには、以下の注意点を押さえておく必要があります。
注意点1. ユーザーへの負担を軽減
インタビュー時に過度な負担をかけないよう、質問内容はシンプルかつ具体的に設計します。クリティカルインシデント法では、特定の出来事の詳細な情報を集めることが求められ、ユーザーの記憶や認識に大きく依存します。
例えば一年前の出来事のように、時間が経過したものを詳細に思い出すのは負荷が大きいため、なるべく直近の利用者に調査を依頼することが理想的です。
注意点2. 調査者のバイアスを排除
調査者の主観や先入観が分析結果に影響を及ぼさないよう、収集データの客観性を確保する必要があります。また、分析を行う人が適切なスキルを持っていないと、データの解釈を誤るなど結果の信頼性が損なわれる可能性もあります。
こうしたリスクを最小限に抑えるためには、複数の視点からデータを考察し、必要に応じて調査・分析の専門家の意見を取り入れることをおすすめします。
注意点3. 行動データとの組み合わせ
クリティカルインシデント法だけでなく、行動データの収集など他のUX調査手法と組み合わせて、洞察の信頼性を高めることが重要です。
また、クリティカルインシデント法により収集した定性データは個人の主観的なものになりやすいため、統計的な正確性を担保することは難しいでしょう。アンケート調査などの定量調査も併用すれば、改善策の有効性に確かな根拠を得てから施策を実行できます。
7. 最後に
クリティカルインシデント法は、UX改善において手軽かつ効果的なアプローチです。ユーザーが体験した「重要な出来事(クリティカルインシデント)」を深掘りすることで、表面的なデータでは見えにくい本質的な課題や成功要因を明確にすることができます。
この手法を活用することで、製品やサービスのUXを大きく向上させ、ビジネス成果を最大化する新たな可能性を見出してみてはいかがでしょうか。
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